ためらうその気持ちもすべてこの手に渡して

北陸も梅雨入りしたね。途端にむしむししているように感じる。あじさいは、私の最も好きな花のひとつ。

前回春の訪れの日記を書いたけど、もう夏が訪れようとしていて、日々が過ぎるのが本当に飛ぶように早い。

がんばって3か月ラブに取り組んだ結果、会えないことで哲学の人の胸には銀河の大きさの穴があき、私は私で哲学の人がいないと誰もいないのと同じと感じるようになり、つまり月に1、2度会えるそのとき以外はないのと同じだったから、本当にあってないような春だった。銀河の果てからくる電話を毎日待っているだけの日々だった。

 

私の存在を彼がよろこんでいると、わたしがただそこにいることがうれしいのだと、疑いようがなく感じられる。横断歩道の向こうで鞄をかかえる姿をみつけたときの表情、佇まい、私の右手の親指の爪を何度も撫でる指、やわらかくなる電話の声、アクリル越しのほほえみ、すべてが私を好きだと言っているのがわかる。私はそういう些細なことにいちいち今までの人生の救いを感じていて… なんと言ったらいいのか、私がわたしでいることを赦されていると感じている。気持ちの大きさや確かにそこにある愛の存在を知るたびに、感動して、ときにじわりと、ときに大げさに泣き、彼をさらに困惑させたり、喜ばせたりする。彼は彼でそういう瞬間に、孤独な人生の救いを感じているだろう。 

離れたくない、ずっと一緒にいたいと言うから、そんなにそうならずっといっしょにいられる方法も世の中にはあるらしいよ、どうしたらいいとおもう?わかったらわたしに教えてね、と返して、私達は結婚することになった。

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↑梅雨明け前に書いていた日記。

先日指輪を決めてきて、いよいよ現実的にいろんなことが動き出した。といっても挨拶と顔合わせをするくらいで、式は挙げないし、あと一年半彼は単身赴任で、私の生活もこのままですぐには変わらない。

いいって言うのに婚約指輪もくれた。お店のお姉さんの説明を聞きながら込み上げてくるのを何度か堪えて、帰りのバスの中で感動が目からこぼれた。

愛されるのにも覚悟がいるんだって知らなかった。今までのわたしなら、永遠なんて誓えない、いつかわたしもあなたのことを裏切るかもしれないし、結婚て意味あるのかな…とか言って、でかい愛に向き合おうとしなかったと思う。本心からそう思っていたし。それをわたしも気が付かないうちにまったく変えてしまったのが、彼の根拠不明な愛で… やっぱり彼はすごいの。

言わせておいて、返事をする前に「私のこと嫌いになっても一緒にいてくれる?」と聞いたことを思い出す。彼はただひとこと「一緒にいるよ」と答えた。彼とこういう約束ができたことが、今はとてもうれしい。